大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所大法廷 昭和23年(れ)230号 判決

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人両名辯護人森西隆恒上告趣意第三點について。

刑事裁判における證人の喚問は、被告人にとりても又檢察官にとりても重要な關心事であることは言うを待たないが、さればといって被告人又は辯護人からした證人申請に基きすべての證人を喚問し不必要と思われる證人までをも悉く訊問しなければならぬという譯のものではなく、裁判所は當該事件の裁判をなすに必要適切な證人を喚問すればそれでよいものと言うべきである。そして、いかなる證人が當該事件の裁判に必要適切であるか否か、從って證人申請の採否は、各具體的事件の性格、環境、屬性、その他諸般の事情を深く斟酌して、當該裁判所が決定すべき事柄である。しかし、裁判所は、證人申請の採否について自由裁量を許されていると言っても主觀的な専制ないし獨斷に陥ることは固より許され難いところであり、実驗則に反するに至ればここに不法を招來することとなるのである。そこで、憲法第三七條第二項の趣旨もまた上述するところと相背馳するものではない。同條からして直ちに所論のように、不正不當の理由に基かざる限り辯護人の申請した證人はすべて裁判所が喚問すべき義務があると論定し去ることは、當を得たものと言うことができない。證人の採否はどこまでも前述のごとく事案に必要適切であるか否かの自由裁量によって當該裁判所が決定すべき事柄である。さて、本件において原裁判所は辯護人から申請のあった證人中村隆幸について申請を却下したのであるが、つぶさに本件の具體的性質、環境その他諸般の事情を斟酌すれば、該證人の喚問は必ずしも裁判に必要適切なものでないと認めても実驗則に反するところはないから、右却下は何等の違法を生ずることがない。論旨は、それゆえに理由なきものである。

上告趣意第三點に對する裁判官齋藤悠輔の意見は次のとおりである。

憲法第三七條第二項によれば、刑事被告人は、すべての證人に對して審問する機會を充分に與えられ、又、公費で自己のために強制的手續により證人を求める基本的な權利を有する。しかし国民は憲法の保障する自由及び權利を濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負うことも同第一二條の明定するところである。されば被告人の權利を尊重すると共に公共の福祉を維持する裁判所は訴訟手續において被告人の證人に對する審問若しくは證人を求める被告人の權利行使にして、不當であり若しくは不必要であると認めるときは憲法上これを拒否することを得るものと言わなければならぬ。そして裁判所は證據の取捨、判斷については法令その他実驗則に反せざる限り良心に從い諸般の事情に應じ獨立、自由に決定すべきものであり、しかも本件においては所論證人の外記録上すでに他に適當な證據があることを認め得るから所論證人を不必要として却下したからと言って何等実驗則に反したものでもなく、原審には所論の違法はない。

上告趣意第三點に對する裁判官沢田竹治郎の意見は次のとおりである。

しかし、證人の喚問は裁判上確定すべき事実の認定の證據を得るためにすることで、いかなる者を證人として喚問するか否かは事実認定の資料としてその者の供述が必要であるか否かで決すべきであり、その必要があるか否かの判斷はこれを決する者の自由裁量に一任さるべきであり、これを決する者は裁判所であるという訴訟法上の原則を前提とするときは、いわゆる當事者の證人喚問の申請權は、厳格にいうと、申請によって裁判所にその證人を喚問する義務とか拘束を発生せしめるものではなく、單にその證人を喚問するかどうかを、決定する義務を発生するにとゞまるものといわなければならぬ。もとより裁判所が證人を喚問するか否かを決定するのはその自由裁量によるべきだといったとて、その裁量は恣意の意味でなく、經驗則に反してはならぬという制限に服するものであることは、いうまでもない。又裁判所が證人を喚問すると決定したからには、裁判所は自らした決定という處分によってその證人を喚問すべき拘束を受けることとなる筋合であるのは理の當然である。そこで日本国憲法特にその第三七條第二項の規定が、この意味においての證人喚問を決定する裁判所の權限を、裁判所から奪って當事者殊に被告人に與へるとか、決定するについて裁判所の裁量に制限を加える趣旨のものだと解することは、同條項の文詞からもその他の規定の文詞からも困難である。又條理からいっても不必要な證人の喚問は、迅速な裁判の障害となるし、當事者には不必要な訴訟費用の負擔を來たすし、證人には無意味に出頭、宣誓、供述の義務が課せられることとなるのは必定であるし、裁判所の裁量は經驗則に反しない限り、その自由を原則とするのが當然であるから、證人喚問の申請を決定することは、喚問する必要があるか否かを、最も適切に、最も公正に判斷することのできる地位にある裁判所の自由裁量による判斷に、これを委ねるのが當然であって、當事者殊に犯罪の嫌疑をかけられている被告人の判斷に委ねるべきではないといえるから、日本国憲法が、いかに基本的人權の尊重保護に真劍であるからといったとて、この條理を否定し、抹殺し去らねばならぬという理由を発見することができない。從って日本国憲法第三七條第二項の規定は、被告人の證人喚問の申請についての規定ではなく、既に裁判所が證人として喚問することに決した證人に對して被告人が審問する權利又は強制手續を請求する權利を宣言し保障する趣旨の規定と解すべきである。されば同項の規定を引用して、證人の喚問を申請することは、憲法により保障せられた国民の權利であって、その申請が不正不當の理由に基かぬ限り、裁判所は辯護人が申請した證人を喚問すべき義務がある、との論旨は當を得ない。故に辯護人の證人喚問の申請を原審が却下したからといって、原判決には憲法違反の不法ありとの所論は理由がない。又本件事案の骨子は比較的單純で、しかも、犯行は公衆の前で行われたものであり、被害者の他に、犯行の目撃者乃至關係人もあって、それ等の者の供述書のあることは一件記録で明らかなところであるから、原審が被害者を證人として喚問する必要はないと判斷して、所論の證人申請を却下しても、実驗則に反する違法を生ずるとはいえない。されば被害者を喚問しないでした判決だからといって原判決には審理不盡の違法ありとの所論は筋違いである。論旨は理由がない。(その他の判決理由は省略する。)

よって刑訴第四四六條に從い主文のとおり判決する。

この判決は、理由に關する少數意見を除き裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 三淵忠彦 裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 庄野理一 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例